パニック障害
パニック障害とは特定の刺激や状況に限定されることなく、突然起きる動悸や窒息感、発汗等の身体症状と死への恐怖などの精神症状に特徴づけられるパニック発作が繰り返され、「また発作が起きるのではないか」という予期不安から外出などの行動が極端に制限され、その結果として社会機能が著しく低下してしまう精神疾患です。
疫学
全米を対象とした大規模疫学研究(NCS-R)ではパニック障害の障害有病率は3.7%と推定されています。またヨーロッパでの国際疫学調査では、生涯有病率は1.6%との報告もあります。また最新のDSM-5では一般人口において、欧米諸国の若者と成人におけるパニック障害の12カ月有病率は約2-3%と推定されるとの記述もあります。
一方、日本では2013~2015年にかけてのWHOによる疫学調査では生涯有病率が0.9%と低かったが、また別のWHOによる世界17か国を調べたコホート研究ではパニック障害を含む不安症の若年成人(18~34歳)の生涯危険率は日本が最も高いとの結果もあります。
男女比では女性が男性の2倍ほど多く罹患するとされており、好発年齢はアメリカでの発症年齢の中央値が20~24歳で45歳以上の発症はまれとされています。日本でも20~34歳の発症率が最も高くなっています。
併存症
NCS-Rによると、パニック障害の患者さんの他の精神疾患の併存率は83.1%と非常に高くなっています。特にほかの不安障害群やうつ病、双極性感情障害、物質使用障害が併存症として挙げられます。
最も多いのはその他の不安障害が併存しているケースで、患者さんの66%に併存しており、特に限局性恐怖症や社交不安障害の併存率は30%以上となっています。さらに、広場恐怖症は25%に合併が見られ、重症化と転帰の悪化にも関連しています。
また、NCS-Rでは、パニック障害の患者さんの50%は何らかの気分障害を有し、その中で最も多いのがうつ病で1/3以上と言われています。また、うつ病を併存すると重症化しやすく、衝動性も高まることがわかっています。
その他にも、パニック障害の患者さんはアルコールや医薬品によって自己治癒しようと試みるなどの物質関連障害とも併存率が高くなっており、パニック発作のような交感神経系の興奮を伴う生理的な不安症状が、アルコール依存と関連する可能性が示唆されています。
経過・転帰
パニック障害は患者さんの1/3は寛解に達しますが、一方で1/5は寛解に達せず、軽快と悪化を繰り返す慢性の経過をたどります。また、半数の患者さんでは最初の再発までの期間が14.5週間以内とのデータもあり、再発性であることもパニック障害の臨床経過の一つと言えます。薬物療法による寛解率は20~50%で、一方で寛解後の再発率は25~85%と幅があります。したがって、パニック障害に対しての薬物療法は年単位で行うことが必要と考えられています。治療が成功した場合にも、身体的・恐怖症的不安や低い自己評価、広場恐怖、心気症状などが軽度残存することも多くあります。
未治療の場合には経過は慢性的で軽快しにくいと考えられていますので早めの受診をお勧めします。
治療法
薬物療法としてはセルトラリン(ジェイゾロフト)やパロキセチン(パキシル)、エスシタロプラム(レクサプロ)などのSSRIを第一選択としますが、ベンラファキシン(イフェクサー)などのSNRIも有効性が示されており、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を併用しながら、安定すればベンゾジアゼピン系薬剤は減薬を試みていくことが一般的です。
また、認知行動療法も薬物療法と並んで有効な治療法と言えます。
加えて、診察のなかで精神療法を行いながら症状の軽減をはかっていきます。患者さん自身がある程度この病気について理解していくことで症状の軽快を助けてくれますので、興味があればブログに記載しました内容などもご参照いただければ幸いです。
診断
細かくはDSM-5やICD11など基準によりやや異なる点があります
DSM-5
- A.繰り返される予期しないパニック発作。パニック発作とは、突然、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりが数分以内でピークに達し、その時間内に、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が起こる。
注:突然の高まりは、平穏状態、または不安状態から起こりうる。
- 動機、心悸亢進、または心拍数の増加
- 発汗
- 身震いまたは振え
- 息切れ感または息苦しさ
- 窒息感
- 胸痛または胸部の不快感
- 嘔気または腹部の不快感
- めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
- 寒気または熱感
- 異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
- 現実感消失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
- 抑制力を失うまたは“どうかなってしまう”ことに対する恐怖
- 死ぬことに対する恐怖
注:文化特有の症状(例:耳鳴り、首の痛み、頭痛、抑制を失っての叫びまたは号泣)がみられることもある。この症状は、必要な4つ異常の1つと数えるべきではない。
- B.発作のうちの少なくとも1つは、以下に述べる1つまたは両者が1ヵ月(またはそれ以上)続いている。
- さらなるパニック発作またはその結果について持続的な懸念または心配(例:抑制力を失う、心臓発作が起こる、“どうかなってしまう”)。
- 発作に関連した行動の意味のある不適応的変化(例:運動や不慣れな状況を回避するといった、パニック発作を避けるような行動)。
- C.その障害は、物質の生理学的作用(例:乱用薬物、医薬品)、または他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症、心肺疾患)によるものではない。
- D.その障害は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:パニック発作が生じる状況は、社交不安症の場合のように、恐怖する社交的状況に反応して生じたものではない:限局性恐怖症のように、限定された恐怖対象または状況に反応して生じたものではない:強迫症のように、強迫観念に反応して生じたものではない:心的外傷後ストレス障害のように、外傷的出来事を想起するものに反応して生じたものではない:または、分離不安症のように、愛着対象からの分離に反応して生じたものではない)。
一方、ICD-11ではまず、反復性の予期しないパニック発作が必須の特徴でPAの症状として同様に13の症状が明記されていますが、これらに限定されるわけではありません。また、付加的特徴として以下のパニック障害の患者さんのパニック発作の特徴が追加されています。
- 個々のパニック発作は長く続くこともあるが、通常は数分しか持続しない。
- パニック発作の頻度や重症度は個人の中でも、また人によっても大きく変動すること。
- パニック発作に特徴的な症状強度のピークがないような限定的な発作は患者さん自身が回避行動などによって不安症状を抑制している人では珍しくないこと
- 夜間のパニック発作、すなわちパニック状態で覚醒を体験する人がいること
また、パニック発作後に予期不安と言われる「また発作がおきるのでは」という不安や発作の再発を回避しようとするような行動の変化も診断基準の一つとなっています。他の診断に必須な特徴としてはパニック発作がほかの精神疾患の経過で生じる不安を惹起させるような状況下のみで出現するわけではないこと。また、身体疾患を原因とするものではないこと。そして疾患により著しい機能障害が存在することが必要とされています。