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限局性恐怖症

[2024.06.04]

限局性恐怖症

前回のブログの最後に記載したように、限局性恐怖症は苦手な場所や状況(高所や閉所、注射や血を見る事、動物など)への回避行動により、顕在化しにくく、一方で生活において回避行動により多くの制限をしいられていることが多い疾患です。

1.診断と症状

不安や恐怖の対象は幅広く、落ち着きがなくなる程度から著しい恐怖を覚える場合まで, さまざまな程度の症状が一般的に「恐怖症」と呼ばれます。通常、その状況や対象は可能なら回避されますが、曝露が生じると直ちに不安が生じます。不安がパニック発作またはパニック症のレベルまで増強することもあります。

代表的な恐怖の対象

動物、高所、雷雨、先端、閉所、試験、自然現象 、災 害 、医療 、流血、怪我など

DSM-5 での病型分類

  • 動物型 (クモ,虫,犬)
  • 自然環境型 (高所.嵐水)
  • 血液 ・注射 ・負傷型
  • 状況型 (航空機エレベーター,閉所, トンネル)
  • その他(窒息,嘔吐)

上記DSM-5と比較してICD11 ではやはり特定の動物への接近、飛行、高所、閉鎖空間、血や傷を見ることなどが挙げられ、 高所恐怖症や閉所恐怖症も含む一方で身体醜形症や心気症は含まないとしています。そして、その状況を積極的に回避するか.避けられないか避けないと決めた場合に強い恐怖や不安が誘発されます。

DSM-5では, DSM-IVからの改訂にあたり「積極的な回避」 という表現がなされました。回避行動としては 「血液恐怖があるので医療機関への受診をしない」「高いところが怖いので高所の橋を使わず下道を通る」といったわかりやすいことも多いですが「クモが嫌いなので似た絵を見ることを嫌がる」といったようにわかりにくい症状もあります。限局性恐怖症の多くは罹患が長期間続き、治療することなく生活環境を選ぶなどの回避行動で乗り越えていることも多いのが実情です。多くの患者さんは自分の抱く恐怖や不安が過剰すぎると認識しています。DSM-5では症状は6か月以上続くと診断基準で規定されていますが、これはあくまでも目安であり主治医による柔軟な判断がある程度許されている側面があります。ちなみにICD-11では症状は 「少なくとも数か月間持続」と記載されていますので診断基準により幅が少しあることがわかります。

ICD-11における「診断に必須の特徴」としては臨床的に意味のある苦痛や社会・職業的または他の重要な領域での機能障害を生じているなどの要件があることから、患者さんは仕事面や対人関係において機能障害を抱えていることが多いです。

既述のように血液・注射・負傷が恐怖の対象の場合や嘔吐や窒息が恐怖の対象の場合は,深刻な食事摂取減少の危険性もあり,また自殺危険性を高めることも知られているため注意が必要です。

高齢者では、たとえば転倒恐怖症といったような理由で介護や社会的活動の減少から認知症リスクにつながるとも考えられています。実際、自律神経症状としてのふらつきをきっかけに社会的活動の減少が極端にすすむ患者さんが多いというのが私自身も診察していて頻繁に感じることです。

限局性恐怖症の機能障害やQOL低下は、恐怖の対象や状況の数に比例して増大することが知られ、約75%の患者が複数の恐怖を有し, 1人あたり平均3つの恐怖対象を抱えます。診断を支持する関連特徴としては,恐怖の対象または状況への曝露により生理学的反応として状況,自然環境動物での限局性恐怖症患者は交感神経系の覚醒を示しやすい一方で,血液・注射・負傷の限局性恐怖症の患者さんの場合はしばしば血管迷走神経反射(世間ではよく「貧血」と表現されます)または失神に近い反応を示し、最初の短時間の心拍数増加と血圧上昇に引き続き心拍数低下と血圧降下が生じます。

2.疫学

有病率と罹患率

アメリカの成人の約25%が何らかの不安症を生涯に一度は罹患すると指摘され、中でも限局性恐怖症の生涯有病率12.5%と最も頻度が高くなっています。アメリカでの一般市民における限局性恐怖症の12か月有病率は約7~9%程度と推定されています。欧州諸国での生涯有病率は約10~13%、12か月有病率は約6%前後とアメリカとおおむね同様です。

しかしアジア、アフ リカ、南米諸国においては生涯有病率は2~4%と低く、日本の生涯有病率は3~4%と推定されています。世界精神保健調査では,低所得国では有病率が低い傾向にあると報告しています。また、児童における有病率5%,13~17歳においては16%と青年期になるとその割合は高くなり、12か月有病率は27.3 % 、生涯有病率は36.5%に上ると報告されています。しかし、それ以後は年齢が高くなるほど有病率は約3~5%へと下がり、その理由として恐怖自体は存在しても重症度が臨床閾値以下に低下するためと考えられています。特定の物や状況への恐怖を自覚するが他への回避や障害が認められないために診断基準を満たさない閾値下の限局性恐怖症を有する人は、診断基準を満たす限局性恐怖症患者よりもはるかに多く、アメリカの調査では全国民の70%以上の人が閾値下ではあるものの1つ以上の不合理な恐怖をもっていると答えています。恐怖刺激の違いによって変わりますが、女性は男性に 比べてより 高頻度に罹患し.比率はおおむね2:1となっています。大規模な米国の全国疫学調査NESARC (National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions)1)と全国併存症調査NCS(National Comorbidity Survey )2)、オランダの調査NEMESIS(Netl1erlands Mental Health Survey and Incidence Study)のすべてで動物と高所への恐怖が二大恐怖刺激であり,調査対象となった7つの恐怖に頻度順は動物> 高所>航空機>閉所>水>台風>血液となっていました。ただし,動物や自然環境状況への恐怖は圧倒的に女性に多く、血液・注射・負傷への恐怖は男女ともにおおむね同程度にとなっていました。

併存症

限局性恐怖症の患者さんは、生涯で約50-80%の方がほかに併存する精神疾患に罹患されます3)。 Beckerらの報告では、他の不安症の併存が28.3%と最多で気分症(気分障害)の併存が13.7%となっています4)。遺伝研究でも、限局性恐怖症はうつ病・その他の不安症・物質使用障害、およびパーソナリティー症(パーソナリティー障害)の罹患と関連性があります。へ依存症として限局性恐怖症を罹患すると自殺企図率が60%の上昇を認めるとの報告もあります。また、限局性恐怖症は、将来の他の不安症や気分障害、物質使用障害の発症に関する強い予測因子でもあります。限局性恐怖症を主訴とする医療機関への受診率は低く、多くはほかの併存症を主訴とした受診ですが、早期発症の多い限局性恐怖症は典型的な一次障害として将来の他の疾患への発展のリスクが高く、そのため限局性恐怖症に対する早期の心理教育や効果的な介入が将来的に自殺企図や他の精神疾患の発症を予防できる可能性も期待されます。

治療

限局恐怖症患者で治療を受ける割合は欧米の研究では1/10~1/4とされており、日本ではさらに低いと考えられます。治療としてはほかの不安症(不安障害)と同様に精神療法と薬物療法が選択肢となります。国際的なコンセンサスとしては、薬物療法とともに精神療法を導入することが諸外国の主要治療ガイドラインでは推奨され、精神療法の中でも認知行動療法の有用性が認められています。認知行動療法の技法の中でも系統的に不安や恐怖の対象に曝露するエクスポージャー法が効果的とされています。

エクスポージャー法とは

治療者と患者が相談し、不安や恐怖を感じる場面をリストアップし、恐怖刺激にあえて直面し刺激になれていくことで不安や恐怖を減らしている治療法です。実際には恐怖の度合いが低→高となるように段階的に課題を設定して進めていきます。海外などではCGや音声刺激などをるかった「仮想現実」でエクスポージャーも行われるようになっているようですが、日本では医療保険の制度上、保険診療内で「仮想現実」などを用いた治療はまず困難と言えます。

エクスポージャー法は忠実に実行した患者さんの90%には効果的で限局性恐怖症にきわめて有用です。

薬物療法

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)に代表される抗うつ薬やベンゾジアゼピン系抗不安薬が候補となります。5)

抗うつ薬としてはパロキセチンやエスシタロプラムの研究はありますが追跡調査は不十分です。抗うつ薬の利点としては依存性がない点であり、さらにほかの不安障害やうつ病の併存例では有効性が期待できます。また、β遮断薬やベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性や臨時試用などが利点となります。一方で若年発症の限局性恐怖症ではSSRIの使用により賦活症候群のリスク、ベンゾジアゼピン系抗不安薬では依存や耐性、離脱症状の可能性などの懸念はあり注意を要します。近年では抗結核薬D-サイクロセリンがNMDAグルタミン酸受容体への部分作動薬として働き、恐怖減少を促進していることが示されており6)、限局性恐怖症に対する認知行動療法の補助投与的な効果増強薬としての有効性も確認されており、将来的に治療として利用されることが期待されますが、今のところ日本においては保険適用はありません。

当たり前のことではありますが、併存症としてうつ状態が強い場合には休養やSSRIなどの抗うつ薬を用いた薬物療法によってまずはうつ症状の改善を初期目標としていきます。うつ症状の強い場合には前述したエクスポージャー法などの認知行動療法の効果は期待しにくく、脱落率も高まるため開始時期にも注意が必要です。

 

1) Stinson FS, et al. The epidemiology of DSM-IV specific phobia in  the USA: Results from the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions. Psychol Med 2007; 37 (7): 1047-1059.

2) Magee WJ, et al. Agoraphobia, simple phobia, and social phobia in the National Comorbidity Survey. Arch Gen Psychiatry 1996; 53 (2): 159-168.

3)Depla MF, et al. Specific fears and phobias in the general population: Results from the Netherlands Mental  Health Survey and Incidence Study (NEMESIS). Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol 2008;43(3):200-208.

4)Becker ES, et al. epidemiology of specific phobia subtypes: Findings from the Dresden Mental Health Study. Eur Psychiarity 2007; 22 (2) : 69-74

5)Hood HK, et al. Evidence-Based Assessment and Treatment of Specific Phobias in Adults. Springer,2012.

6)Ressler KJ, et al. Cognitive enhancers as adjuncts to psychotherapy: Use of D-cycloserine in phobic individuals to facilitate extinction of fear.Arch Gen Psychiatry 2004; 61(11):1136-1144

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