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広場恐怖症~電車や人込みなどでの不安

[2024.04.21]

当院ではパニック障害や社交不安障害などをはじめとする不安障害(不安症)の方が多く来院されています。

今回は不安障害(不安症)の中でも互いに似た疾患ではありますが、広場恐怖症と限局性恐怖症について言及していきたいと思います。

広場恐怖症

「広場恐怖(症)」は助けを得たり逃げることが困難な複数の状況(例えば電車やバスなどの公共交通機関、高速道路の運転、人込み、買い物のレジなどの列に並ぶ、映画館など)において、もしくはそのような状況になることを予期することで非常に強く、過剰な恐怖や不安が生じる精神疾患です。患者さんは、このような状況に対して過剰に危険を感じたり、パニック発作などの身体症状を生じることを恐れ、その状況を極力回避したり強い恐怖や不安にただただ耐え忍ぶなどしています。1)

実はこの広場恐怖症の概念はもともとはパニック障害の重症化を示す一症状と2012年までは考えられており、2013年にDSM-52)が発表されて初めて独立した1つの疾患単位をして認識されたため、まだそこから10年ほどか経っていないこともあり、広場恐怖症を研究対象とした論文数はまだまだ不十分な現状です。

疫学

DSM-52)では、毎年青年と成人の約1.7%が広場恐怖症と診断されているとの記載があります。実際の疫学調査では18歳以上の男女9282人を対象とした全米併存症調査(NSC-R)3)4)においては広場恐怖症の有病率は3.3%であり、ドイツのミュンヘンの14~24歳の若者に対する疫学調査でも有病率は5.3%と比較的高い数字となっています。ただし、これらの調査で用いられた診断基準はDSM-Ⅳでした。

日本で2013年~2015年に行われたWHOによる疫学調査(WMHJ2)5)ではICD-10の診断基準における「F40.00広場恐怖 パニック障害を伴わないもの」の生涯有病率は1.0%で12カ月有病率は0.6%でした。ちなみに、上記のDSM-Ⅳを診断基準とした欧米の調査結果とは診断基準が異なるために有病率としては日本の調査では低くなっているわけですが、パニック障害やうつ病などの有病率を見ても日本人は欧米よりっも不安や抑うつ関連疾患の有病率は低い可能性があります。

発症年齢はDSM-52)によると全症例の2/3の初発は35歳前で発症年齢の平均は17歳。NSC-R3)4)では発症年齢の中央値は20歳とされています。ただし高齢発症の症例もあるため注意が必要です。早期発症群は家族性が多いとされており、性比としては生涯有病率が男性0.5%女性1.4%5)と女性の方が多いようです。

診断

ICD-11の診断基準

  1. 顕著で過剰な恐怖や不安が逃げることが難しく助けを得にくい複数の状況において、またはその状況を予期することによって起こる。
  2. パニック発作やそのほかの耐え難いあるいは取り乱すような身体症状(嘔吐、嘔気、腹痛、めまい、動悸、失禁等)といった特定の望ましくない症状が生じることへの恐怖のために、1.のような状況を過度に怖がったり不安に感じる。
  3. 上記のような状況を極力避け、(同伴者がいたり各駅停車の電車に乗るなど)特定の条件下でのその状況に立ち入るか、不安や恐怖を強く抱きながら我慢してその状況に耐えている
  4. その症状は一過性ではなく長期間にわたって持続している。
  5. 他の精神および行動の障害によるものではない
  6. 著しい苦痛や社会機能障害を伴う

DSM-5では持続期間や対象となる状況を細かく分けている点、パニック様の症状やその他の耐え難い当惑するような症状についても細かく記載がなされている点などいくつか異なる部分はありますが、中核症状には大きな差異はなくおおむね同様の疾患概念と捉えて差し支えない診断基準となっています。

鑑別診断

鑑別を要する疾患はその他の不安または恐怖関連症群に限らず抑うつ症群や統合失調症などもあげられるがここではその一部について言及しておきます。

①パニック症(パニック障害)

パニック症(パニック障害)では、経過の中で広場恐怖症の症状が出現することは頻繁に見受けられますし、広場恐怖症の多くの患者は反復性  のパニック発作を体験します。鑑別点としては予期できないパニック発作の有無でしょう。ここは以前パニック障害についてまとめたブログにも記載しましたが医療従事者の間でも誤った診断が下されることが多い点ですが予期できないパニック発作が特定の刺激や状況に限定されることなく出現し、かつ広場恐怖症の症状がその診断基準を十分に満たさない場合にパニック障害の診断の妥当性が高まるといえるでしょう。

②限局性不安症

この鑑別に関しては限局性不安症のまとめでも記載しますが、そもそも限局性不安症は限られた状況や刺激そのもの(高所や動物、血液、外傷など)に対する恐怖が出現しますが、広場恐怖症では助けを得たり逃げられないような複数の状況においてパニック発作や耐え難いまたは当惑する身体症状が出現することが予期されることへの恐怖や不安が生じるという点で鑑別が可能となります。

③全般性不安症

全般性不安症でも広場恐怖症のような状況を回避する行動などが出現することがありますが、それは日常の様々な場面において恐れている否定的な結末が起こらないようにすることが目的である点で広場恐怖症とは区別することができます。

併存症

広場恐怖症は精神疾患の併存率が非常に高く、NSC-Rによるとパニック発作を持つ広場恐怖症では特に限局性恐怖症の併発する割合が73.7%、社交不安症が65.5%、全般性不安症が31.9%となっています。また、パニック発作を持つ広場恐怖症では気分障害も併発しやすく、気分障害の中でも大うつ病性障害が最も併存しやすい。4)

治療法

実臨床においては広場恐怖症の患者においては、パニック発作を伴わないかぎりはほとんど医療機関の受診や治療を受けるに至るケースがほとんどなく、そのため治療法について言及できる対象としてはパニック発作を伴う広場恐怖症のケース限定したものと考えて差し支えないかもしれません。加えて、1987年~2012年までは広場恐怖症は一つの疾患概念、疾患単位ではなく一つの精神症状としてとらえられていたため、単独の広場恐怖症の治療についてのエビデンスの蓄積は非常に不十分で、現時点ではパニック障害と広場恐怖症の合併例での治療として述べられている場合がほとんどで今回記述する内容もそれに準じたものと考えて頂けると幸いです。

1.精神療法

S3guidelines6)では精神療法としてのCBTがレベルⅠa,グレードAで推奨されています。CBTは問題を解決するための具体的な解決方法を患者さん自身が自分で主体的に獲得していくことを支援する治療技法であるため、治療効果が持続しやすく再発もややしにくい点があります。しかし、一方で最近のレビューによるとパニック障害と広場恐怖症の合併例への有効性の中で効果の妨げとなるのは広場恐怖的回避行動であることが示されています。すなわち、広場恐怖症単独の治療においてはCBTの有用性に疑問符がつくととらえることができます。

2.薬物療法

多くの研究において薬物療法として抗うつ薬の投与が有益であることに関しては確実なエビデンスがあります。ちなみにS3guidelines6)広場恐怖症の第一選択薬はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)とSNRI(セロトニン、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)がレベルⅠa,グレードAで推奨されており、ADACのガイドライン7)ではパニック障害の治療に準じて治療を行うとされています。また、他の国際的な治療ガイドラインではないものの実臨床での経験を加味し、抗うつ薬の代わりに特に日本においては重宝されているスルピリド(ドグマチール🄬)の使用が有効な場合もあり、ベンゾジアゼピンとの併用において50-150mgで即効性があるとされています。スルピリド少量の単独投与は前頭前野内側部のドパミン遊離を促し、さらにSSRIとの併用においてドパミン遊離がより増加します。この前頭葉のドパミン遊離は恐怖条件付け反応の消去に大きな役割を果たすとされています。一方でスルピリドの使用は肥満や高PRLによる無月経など副作用に注意が必要ですので症状の改善とともに早期に中断することが望ましいでしょう。

 

さて、一方の限局性恐怖症についても見ていきましょう。

限局性恐怖症

限局性恐怖症は高所恐怖や閉所恐怖のような特定の状況や環境、または対象に対して持続的な恐怖や不安を覚える疾患です。ICD-11では「不安、または恐怖症関連群」の中に下位分類され、DSM-5では「不安症障害群」のひとつとして位置づけられています。2)

その生涯有病率は10%前後で不安症の中では最も高い一方で発症年齢が若く、不安や恐怖を感じる状況や環境などへの回避が常態化することで顕在化しにくく、そのため病識に欠けることから、本疾患を理由とした受診は欧米でも罹患者と1/10程度と考えられており、日本ではさらに少ない可能性が高いです。

実際に、他の不安、または恐怖症関連群や適応障害などを理由とした受診の中でも、生活歴の聴取の中で若いころからこの疾患を罹患し、回避行動をとり続けることで顕在化していなかったケースを頻繁に経験します。血液や注射、先端、外傷、歯科への恐怖症では人口の5%以上が罹患していると言われ、これは健康上のリスクも懸念されるため、今後は目を向けられていく可能性が高く、研究も進んでいくことが期待されます。高所や閉所への恐怖もエレベーター利用が必要な職場であれば就労を断念することにつながるなど、職業選択においても制約が生じるなど様々な弊害を懸念すべき疾患と言えます。

今回のブログもだいぶ長くなってまいりましたので限局性恐怖症についての詳細は次回のブログでまた記載したいと思います。

 

1)日本精神神経学会. ICD-11 診断ガイドライントレーニングセミナー2019年版資料.

2)American Psychiatric Association. The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, (DSM-5). American Psychiatric Publishing; 2013 /日本精神神経学会.DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院; 2014

3)Kessler RC , et al, Lifetime Prevalence and Age-of-Onset Distributions of DSM-IV Disorders in the National Comorbidity Survey Replication.Arch Gen Psychiatry. 2005;62(6):593-602.

4)Kessler RC, et al. The epidemiology of panic attacks, panic disorder, and agoraphobia in the National Comorbidity Survey Replication. Arch Gen Psychiatry 2006; 63(4):415-24

5)川上憲人ほか.世界精神保健日本調査セカンド.

6)Bandelow B, et al. The diagnosis of and treatment recommendations for anxiety disorders. Dtsch Arztebl Int 2014 ;111(27-28):473-480.

7)Katzman MA, et al. Canadian clinical practice guideline for the management of anxiety, posttraumatic stress and obsessive-compulsive disorders. BMC Psychiatry. 2014;14 Suppl 1(Suppl 1):S1

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