適応障害(適応反応症)の疫学や診断、治療について
はじめに
適応障害(適応反応症)は、当院でも通院されている方が多い疾患の一つです。不適応の要因は職場の業務過多や人間関係、昇進や異動に伴う環境変化などもあれば、結婚や出産、引っ越しなどの生活環境の変化などが典型的ですがその他も多くの要因があり一言に適応障害と診断したとしても実際にはその要因によって治療経過やアプローチそのものも様々です。当然ながら、要因だけでなく、本人の特性も含めて把握していくことは適応障害に限ったことではありませんが治療を行っていく上でも非常に重要であるといえるでしょう。
今回は世界保健機関(WHO)による約30年ぶりの改訂となるICD-11での適応反応症の診断基準を整理しながら治療法などについて書いてみようと思います。
ICD-11における適応反応症
ICD-11においてはこれまでと異なり、診断要件が比較的明確となっており、今後が臨床上の有用性が増す可能性があります。
適応反応症は、ストレス因となるライフイベントを経験した後に情緒や行動、認知などの症状に加え、生活や学業、仕事などにおける機能の障害が一定期間持続し、ストレス因がなくなれば症状が軽快する状態です。
今までの定義としては、他の精神疾患の診断基準を満たさない場合に診断される除外診断を中心としたものでしたが、ICD-11においては2つの症状が明確に定義づけられました。その2つの症状は「ストレス因やその結果へのとらわれ」と「適応への失敗」です。
以下に今回のICD-11における診断の特徴を記載します。
診断に必須の特徴
- 特定可能な単一もしくは複数の心理社会的ストレス因に対する不適応反応で、通常はストレス因の1カ月以内に出現する。・ストレス因への反応の特徴は、ストレス因やその結果についてのとらわれである。その例には過度の心配、ストレス因への反復的で苦痛な施行、その影響について絶え間ない反芻が挙げられる
- 症状はほかの精神疾患(気分症や他のストレス関連疾患)では十分に説明されない。
- ストレス因とその影響が一旦なくなれば症状は6カ月以内に消退する。
- ストレス因に対する不適応のために個人生活、社会生活、学業、仕事、そのほかの重要な機能領域に障害が生じていたり、維持するのに多大な努力を要している。
付加的特徴
- ストレス因を思い出させるものがあると、とらわれの症状は増悪する傾向があり、その結果としてとらわれや苦痛が起きないようにストレス因に関連する刺激や思考、議論等を回避しようとする。
- 適応反応症に不随する心理社会的な症状として、抑うつまたは不安症状が増悪したり「外在化」症状として喫煙やアルコール、他の物質の使用の増加を認める
- ストレス因がなくなったり、ストレス因への新たな対処法や配慮、対策などを講じることが出来た場合には通常は適応反応症から回復する。
診断をする際に注意を要する他の疾患との鑑別についても少し記載しておきます。特にPTSDは実際にインターネットなどで検索したり、見聞きすることも多いためか、自身はPTSDではないかとの主訴で受診される方も散見されるため、参考になればと思います。
PTSD(心的外傷後ストレス症)との鑑別
適応反応症におけるストレス因は深刻さや種類の点で様々であり、常に極度の脅威や恐怖を伴うとは限りません。心的外傷後ストレス症の症状要件を満たす場合でもストレス因の深刻さが低い場合は適応反応症と診断されます。また、極度の脅威や恐怖を伴う体験を経験した場合でも心的外傷後ストレス症の症状要件を満たさず適応反応症と診断されることが多いです。
他の精神、行動または神経発達の疾患との鑑別
症状を説明しうる別の精神および行動の障害(一時性精神症、気分障害、ストレス関連障害、パーソナリティー症、強迫症または関連症、全般性不安障害、分離不安障害、自閉症スペクトラム症など)が存在した場合適応反応症の診断は別途つけるべきではありません。また、ストレス因が消失したあと6か月を超えても症状が持続する場合には通常は診断の変更が適切と考えられます。
疫学
適応反応症の発症はストレス因の種類や程度以外にも性別や年齢も関連するという研究1)やICD-11に基づいた高リスク集団を対象とした調査²)では適応反応症の有病率と相関を認めたのは高年齢とストレス因の数が多いことでありましたがそもそも一般人口を対象とした研究が僅かであり、前向きの縦断研究がほとんどなく、因果関係を明確に述べるのは難しい現状です。
有病率に関しても同様で一般人口を対象とした疫学的研究は非常に少なく、新しい診断ツール(Adjustment Disorder New Model )を用いた一般人口を対象とした研究によれば有病率推定値は2%と報告されています。³⁻⁵)
診断
ICD-11の要約
- 特定可能な単一もしくは複数の心理社会的ストレス因に対する不適応反応で、通常ストレス因の1カ月以内に発症する。
少なくともいずれかのストレス因や結果に対してのとらわれ
a)ストレス因に対する過度な心配
b)ストレス因に対しての反復的で苦痛な思考
c)ストレス因の影響についての反芻 - ストレス因に対する不適応のために、個人生活や社会生活、学業、仕事などの重要な機能領域に有意な障害が生じている。
- 症状が別の精神障害または行動障害の診断を肯定するのに特異性や重症度いおいて不十分である。
- ストレスの要因が長く持続しない限り、症状は通常6カ月以内に消退する。
(O’Donnell ML,et al Int J Environ Res Public Health 2019 より)
DSM-5との違いとしてはDSM-5では機能障害を必須としていないのに対し、ICD-11では個人生活や社会生活、学業や仕事などにおける有意な機能障害が必須とされている。また、発症時期との関係性においてもDSM-5ではストレス因から3カ月以内であるのに対しICD-11では1カ月以内と規定されている。
特にDSM-5とICD-11の大きな違いとしては症状の規定です。DSM-5では苦痛を構成する症状ははっきり規定はされていないのに対し、ICD-11ではストレス因に関する過度な心配や反復的で苦痛な思考、ストレス因の影響についての絶え間ない反芻であると定義されました。
他にもICD-11ではDSM-5で規定されていたサブタイプを削除している。
鑑別診断
適応反応症(適応障害)は原則的にはあらゆるその他の精神疾患を除外して初めて診断するべき疾患であり、うつ病やPTSDなどとの鑑別診断や正常を診断の際には意識すべきである。
治療
適応反応症の疾患の一般人口を対象とした疫学的研究は非常に少ないため治療に関するエビデンスの蓄積は現状では不十分であり、このため一対一対応的に一般化して強く推奨する治療法を述べることは難しい疾患ではあります。一方でいくつかの研究では治療において重要な示唆を与えていますのでその一例を下記に列挙しておきます。
- 薬物以外の治療(心理的介入,自己治療,マインドフルネス,認知行動療法etc)
- 薬物療法としての各種向精神薬
復職支援
適応反応症(適応障害)による休職でも、うつ病と同様にしっかりした休養や必要に応じた薬物療法の導入でますは症状緩和に取り組む必要があります。休職しているなかで日常生活が問題なく遅れるようになれば、復職の準備を始めることになります。最初に取り組むべきは生活リズムを立て直すことです。状況によっては日常生活の活動記録表を記録してもらうこともあります。次に行うこととして作業課題の実施です。仕事の準じた作業を実施することで復職の準備としてもう1段階進むことができます。さらに課題は図書館などで会社の始業時間に合わせて行うなどの方法もあるでしょう。
生活リズムも整い、作業課題をこなせるようになったとしても適応反応症の場合は環境への不適応により発症している経緯から、休職中に体調が安定していることは必要条件とは言えますが、必ずしも復職後の職場への適応を保証するものではなく、不適応に至った要因を特定し、再発予防のための方法などを検討する必要があります。
不適応の要因を特定するためにも経過についての聴き取りをしっかりと行い、こちらで把握する必要があります。そのため初診段階でもある程度時間をかけた診察が必要になります。一方で、初診時の症状によっては本人が十分に経過を整理できなかったり、場合によっては話すことも困難な状態まで悪化していることもありますので、症状が落ち着いた後にも再度経過を把握する聴き取りを行うことが多いです。職場での不適応においても、具体的にどのような点が本人にとって負担となっていたのかを把握できるよう努めると、職場での昇進などの役割の変化による不適応とケースや上司や部下、はたまた同僚との人間関係の問題による不適応のケース、退職者が出たり職場の組織変革に伴い業務時間や業務負荷が増えたことによる不適応など様々なケースがあり、それにより対応をそれぞれ検討する必要があります。
そのために必要な場合には、患者様の同意が得られれば、職場からの情報を聴取する場合もあります。当然、患者側と職場では立場が異なるため、見立てと職場の見立てが一致しない場合もあります。その場合はどちらの見解が正しいかをはっきりさせることが目的ではなく(前述のように立場が違うことで見解が異なることは自然なこととしてあり得るため)患者さんと共有しながら、現実的な対応を検討する必要があります。
以上のことは適応反応症の復職支援として一般的に行われる治療の一部を記載したものです。
職場のメンタルヘルス全般について
適応反応症に限らず、職場においてメンタルヘルスの不調で一カ月以上休業した労働者の割合は従業員1000人以上の企業においては0.8%に上り、休業の影響は休業する患者本人や家族だけでなく、労働生産性の低下という形で企業にも大きな影響が及びます。また、ある研究では精神疾患の社会的コストの大半は保険医療費などの直接費用ではなく、失業や労働生産性の低下や自殺にいたるなどによる間接費用で占められており、こうした状況に対応するためにも社会全体でメンタルヘルス対策に取り組んでいくことは非常に重要であると考えられます。
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